父・神田正輝さんと母親・松田靖子さんの娘として生まれた神田沙也加さん。
生まれた瞬間から注目を浴びて育った神田沙也加さんですが、スターの娘として生まれ育った神田沙也加さんの人生は壮絶なものでした。
過去のエッセイやSNSの投稿などからも、神田沙也加さんと母・松田聖子さんとの確執や絶縁状態であったことが噂されていますが、その経緯についても気になりましたので詳しく見ていきましょう。
今回の記事では、神田沙也加さんの幼少期のエピソードや壮絶な生い立ち、そして母松田聖子さんとの絶縁や確執についてまとめました。
Contents
神田沙也加の生い立ち・幼少期の壮絶なエピソード!
では、まず初めに神田沙也加さんの幼少期のエピソードからご紹介していきます。
神田沙也加さんは1986年に、神田正輝さんと松田聖子さんの長女として生まれた事で注目を集めました。
神田沙也加は幼少期で芸能界デビュー
神田沙也加さんは幼少期から両親の影響を受けて芸能活動に参加して育ちました。
CM出演のオファーが殺到して、神田沙也加さんと両親共に共演することでギャラは5億円という話もあったほどです。
コチラが実際に神田沙也加さんと両親の松田聖子さんと神田正輝さんが共演する日清のCMです。
可愛い衣装を着て焼きそばを食べる神田沙也加さんの姿が映されています。
そのため、幼少期の神田沙也加さんは、両親がテレビに出演していることが当たり前というかなり特殊な環境で育ち、一般家庭の常識とのズレがあったようです。
幼少期はどこの家庭の親も、みんなテレビに出てるものだと思っていた。
(引用:トレンドどっと東京)
両親が芸能人であり多忙ということで、子供時代は思うように甘えられず、寂しさや我慢しなければならないことが多く、辛い経験もたくさんあったことでしょう。
神田沙也加の幼少期は両親と過ごせなかった
神田沙也加さんの幼少期は、忙しい両親に変わって松田聖子さんの母である祖母に育てられました。
そのため、神田沙也加さんが初めて喋った言葉が、パパやママではなく「マチュコミ」だったという衝撃の事実があります。
父・正輝によれば、彼女が最初に話した言葉は、パパでもママでもなく「マチュコミ」だった。
(引用:文春オンライン)
それだけ、神田沙也加さんが両親と共に過ごす時間が少なかったという事になりますね。
松田聖子さんが、娘である神田沙也加さんのことを思って作ったと言われる歌「私だけの天使〜Angel〜」の歌詞に、幼少期に寂しい思いをさせていたことがわかる内容がありました。
仕事が終わって家に帰ったらパジャマでかけて来て
こぼれんばかりの笑顔で優しくむかえてくれる
ごめんね いつでも待たせるばかりで
寂しい思いをきっとしているでしょうね
どんな時でも涙を見せないで微笑んでいる
天使のように可愛い顔をしたあなたが
ママの大切な世界にひとつの輝く宝物
(引用:私だけの天使〜Angel〜)
寂しくても我慢して、忙しい母親に弱音を吐かず「いい子」でいようという神田沙也加さんなりの優しさがあったのかもしれません。
神田沙也加は幼少期に両親が離婚
神田沙也加さんは、10歳の小学校高学年頃に両親が離婚しています。
両親の離婚原因については、松田聖子さんの男性関係に問題があったと言われています。
しかし、神田沙也加さんの親権は母親の松田聖子さんが持つ事になります。
その後も神田沙也加さんは祖母の元で育ちますが、母・松田聖子さんは2人の男性と再婚する人生を歩んでおり、その度に娘である神田沙也加さんは幼いながらにも、再婚相手との間で複雑な心境を抱えていたようです。
神田沙也加の壮絶な生い立ち1・学生時代の壮絶ないじめ
神田沙也加さんは、母・松田聖子さんと父・神田正輝さんの離婚から人生が一気に傾き出します。
神田沙也加さんは、小学校卒業後に元々通おうとしていた学校ではなく、松田聖子さんと共にアメリカに渡ることを提案されましたが、よく知らない継父との生活に不安を覚えて日本に残ることを決めました。
しかしその結果、学生時代は酷いいじめを受けることになりました。
神田沙也加が受けたいじめ内容
神田沙也加さんは、2015年1月に出版した自身の著書の中で、学生時代にいじめを受けていたことを語っています。
《中学校は正直つらいことしかなかったです。結局4回転校を繰り返しました。(中略)寮ではすさまじいいじめが待っていて。寮生活でのいじめって逃げ場がないんですね》
(引用:週刊PRIME)
いじめの内容としては、下着を盗まれて、みんなの前で『さやかのだよー』とさらし者にされたり、全寮制の中学時代、夜寝ようとしたら布団がびしょびしょになっていたこともあったそうです。
(引用:文春オンライン)
コチラの内容からも、神田沙也加さんが学生時代にかなり酷いいじめにあっていたことがわかります。
それでも学校を辞めないために親戚の自宅から通った時期もあり、神田沙也加さんが我慢強かったことが伝わりますが、最終的に転校せざるを得ない状況にまで追い詰められてしまったようです。
神田沙也加はいじめられて転校は4回
そのため、神田沙也加さんは中学生時代に4度の転入校を繰り返しています。
- 小中一貫の私立聖ドミニコ学園小学校を卒業
- 全寮制の私立名門中学校である暁星国際中学校へ入学
- 都内の他の私立中学に転校
- ロサンゼルス現地の学校に編入
- 日本へ帰国して中学校に編入
祖母と暮らしていた神田沙也加さんですが、中学入学のタイミングで全寮制の中学校へ通うことを決めて入学しました。
しかし、芸能人の子供ということがきっかけでいじめを受けることになりました。
都内の学校に転向したものの、新たな環境に馴染めなかったため、母親の住むロサンゼルスに住んでアメリカの学校にも通っています。
しかし英語がしゃべれず、元々懸念していたように継父との生活に耐えられず、再び日本に単身で帰国して国内の中学校に編入しています。
神田沙也加さんにとって、学生時代の思い出は辛いことの方が多かったのではないでしょうか?
18日に転落で命を落とされた神田沙也加さんですが、死因については未だ調査中とのことのようです。
昨年亡くなられた三浦春馬さんとの共通点が多いようなので、コチラにまとめました。
▶︎三浦春馬と神田沙也加の陰謀論は本当?遺書や舞台など共通点多数!
神田沙也加の壮絶な生い立ち2・貧乏生活時代もあった
そんな神田沙也加さんは、高校を卒業して芸能活動を行いますが、順調なことばかりではありませんでした。
2002年に歌手としてデビューしていますが、思うような結果を残せず終わっています。
また、舞台女優としての仕事をしていましたが、2013年には体調不良で舞台をすべて降板して一気に仕事が激減した時期がありました。
生活費を稼ぐためにこっそりダイニングバーでアルバイトを始め、始発で帰宅する貧しい日々が続いたこともあるそうです。
両親がスターでお金持ちの子供として生まれた神田沙也加さんが貧しい生活を送っていた時期があるとは信じられませんが、両親から生活費の仕送りなどをしてもらうことはなかったようです。
神田沙也加さんなりに、2世芸能人と言われたくないというプライドがあったのか、この頃から母親との間に確執があったのかはわかりませんが、米アニメ映画『アナと雪の女王』の日本語吹替版の声優オーディションに合格するまでの道のりは、長く険しいものだったことがわかります。
神田沙也加と松田聖子の絶縁経緯は?
神田沙也加と松田聖子の絶縁経緯①結婚に反対
さらに、神田沙也加さんは、母・松田聖子さんと絶縁関係になっていたと言われています。
きっかけは、神田沙也加さんの結婚に松田聖子さんが反対したからといわれています。
松田聖子さんは、結婚相手である俳優の村田充さんの収入面が少ないことを心配していたことが理由のようです。
そのため、神田沙也加さんは結婚報告の際に、インスタグラムに父親と夫と3人の画像は投稿したものの、母・松田聖子さんとの写真はありませんでした。
しかし、この時はまだ絶縁関係にまで悪化はしていませんでした。
先ほど紹介した、娘・神田沙也加さんに宛てた歌の中にはこのような歌詞もありました。
約束すればママの命かけてあなたのことを守って行くわ それがママにとって生きがい
松田聖子さんも心配して反対したものの、神田沙也加さんのことを大切に思っていたことがわかります。
神田沙也加と松田聖子の絶縁経緯②離婚と不倫
本当の絶縁関係に発展した理由は、神田沙也加さんが母親に離婚のことを相談していなかったからです。
さらに、ジャニーズJr.である秋山大河さんとの不倫疑惑が報じられたことで松田聖子さんが激怒したことがきっかけと言われています。
絶縁状態にある娘・神田沙也加(35)との関係だ。’19年に沙也加が俳優の村田充(みつ)(44)と離婚して以来、いまだ連絡をまったく取っていないという。沙也加がなんの相談も説明もなく離婚に踏み切ったことや、ジャニーズアイドルとの不倫疑惑が報じられたことに聖子が激怒したのだ。
(引用:livedoorNEWS)
この確執がきっかけとなり、神田沙也加さんと母・松田聖子さんは2019年の離婚から全く連絡を取らなくなっていました。
不倫相手と噂されている秋山大河さんとの現在の関係については、こちらの記事にまとめてあります。
2人の間でどのような話がされていたのか気になる方はチェックしてみてください。
▶︎神田沙也加は秋山大河(元Jr.)と再婚目前だった!交際順調からその後の関係は?
そんな親子関係の中で、神田沙也加さんの訃報が入りました。
松田聖子さんは神田沙也加さんが転落した18日の夜、ディナーショーに出演していたということですが、状況を知らされていなかったのでしょうか?
▶︎松田聖子のディナーショー(18日)が中止じゃなかった理由…事故の時系列で判明
まとめ
以上が、神田沙也加さんの壮絶な生い立ちと幼少期の壮絶なエピソードでした。まとめると、
- 幼少期で芸能界デビュー
- 両親と多く過ごせなかった子供時代
- 10歳で両親が離婚
- 学生時代にいじめられ4回転校
- 歌手としてデビューするも成功できず貧乏生活
- 村田充との結婚に反対され母・松田聖子と絶縁
- 村田充との離婚とジャニーズとの不倫
このように、両親が大物芸能人というだけで、普通の子供が体験しないことをたくさん体験してきた神田沙也加さん。
努力を重ねて「アナ雪の日本語吹き替え版」等の絶対的なポジションを勝ち取り、近年では「松田聖子の娘」ではなく「神田沙也加」として人気を博していた矢先の訃報で非常に残念です。
神田沙也加さんのご冥福をお祈りいたします。
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